久遠の輪舞(前編)第5章
~ 『 久遠の輪舞・前編 』 ~
*オフ本よりアップ
~Ave Marea《天使祝詞》2~
それからのロイ達と、兄弟の行動は素早かった。
互いの分担を分け、時には悪態を付きながら、そして、深まる信頼を感じながら、
自分たちに出来る最大限で取り掛かっていく。
「兄弟からの報告が届いたようです」
室内に入って来た副官が、他の書類とは分けて、小さな封筒を差し出してくる。
一見、軍には不似合いな、ただの手紙に見えるそれは、エドワード達とロイ達の連絡方法だ。
文章は一見すれば、知人からの近況報告のような内容だが、錬金術師のロイが見れば暗号で
書かれている事も、判っている。
ロイが開いた書面に目を通している間、傍で控えていたホークアイは、静かに伝えてくれるのを待って佇んでいる。
然程長くない文面だったせいか、数分もしない内に読み終わったロイが、封筒ごと手紙を燃やしてしまう。
「どうやら、あちらも上手く行ったようだ。 近日中に、鋼のとは会って、集めた証拠資料を渡して貰う事にする」
その言葉に、ホークアイの表情も明るくなる。
「そうですか。 では、二人とも元気にやってるのですね」
エドワード達が集めている貴重な情報も嬉しいが、彼女にとってはそれ以上に、
二人が無事であることの方が、嬉しいのだ。
「ああ、少し元気良すぎるようだが、変わりく過ごしているようだ」
今はここに居ない元気な二人を思い浮かべながら、ロイの頬も柔らかく綻ぶ。
「で、明後日に午後から時間を取りたいのだが、調整はつきそうかな?」
そのロイの言葉に、しばし逡巡して、頷き返す。
「大丈夫だと思います。 明後日は丁度、会議等の予定はございませんので、
この上にある書類を片付けてから行って頂ければ、問題はないかと」
優しげな言葉なのに、ロイの眉間には皺が寄る。
この上にある書類…と、簡単に言ってくれるが、詰まれ、崩れそうになっている書類の束を見れば、
そう簡単な事でも無いと判るだろうに…。
「…判った」
が、ロイに答えれる言葉は、それしか用意されてなかった。
後は、その間に厄介な事件や案件が、持ち上がって来ないことを祈るしかない。
2日後にエドワードと合う時間を作るためには、多少の無理は仕方が無い。
元に戻った二人は、先を見越して用心深く、ロイの居る司令部には顔を出さなくなった。
隠密行動に近い彼らの仕事で、素性を明かすのは、同胞となるメンバーとコネクションを繋げる時だけだ。
各支部に散らばる中から、志を同じくする者を見つけ、先への布石を築いていく。
そんな二人の増やした仲間からの情報は、中央に居て隅々の詳細な動きが随時報告されて、ロイ達を助けてくれる。
そして、それと平行して彼らが集めているのが、ロイと敵対する、先に邪魔となる存在の、失墜の証拠だ。
時にそれを暴いて、制裁を加えながら、着々と暴かれていく内容には、軍部の恥部と言いたくなるような低俗で、
下劣な事柄も多い。
報告を受ける度に、軍の法に従って裁き、秩序と治安を正し、戻していく。
そんなロイ達を支援する者達の声は、軍内部だけに留まらずに、世間からも日毎大きくなっていっているのだ。
ふと書類を裁いていた手を止めて、暗闇が濃くなる外に目をやる。
窓を振り向いたときに、室内の灯りが反射して、それが一人の人間の色を思い出させる。
思い出すときは、決まって胸が詰まって痛くなる。
そんな不思議な感覚に頭を悩ませては、判りそうで見えてこない答えに頭を振って、考えるのを止める。
どうせ考えても詮無いことだ。
法則や構築式とは違って、感情をはっきりと定める事は難しい。
それよりも、考えなくてはならないことも、やらねばならないことも山積みの自分には、
自分の些細な心の動きを追ってる暇は無い。
それにそんな痛みには、もう随分と慣れてしまって、痛みは麻痺されてきている。
視点の定まらない瞳の向うでは、久しぶりに見れる姿が浮かんで見えてくる。
その姿に思わず小さな笑みを浮かべて、ロイは心の中で話しかけてみる。
『元気にしているか? 私の…』
心で呟かれた言葉は、そこで途切れる。
私の…、ナンダロウ? その先、自分は何と続けたかったのか?
ロイの疑問と共に、浮かんでいた姿もあっさりと消えていく。
それを惜しむ気持ちの強さに、ロイの方が戸惑いを感じてしまう。
もうずっと、こんな感覚に戸惑わされ続けている。
真っ直ぐな視線を向けてくれた幼い頃の彼の瞳が、今だロイを戸惑わせている。
不器用ながら、ロイに真剣に向き合おうとしてくれた彼の瞳。
純粋で、穢れなさ過ぎて、ロイには怖すぎた彼の視線。
彼が問うようには、とても自分の本心は明かせるものではない。
彼の期待を裏切る事は辛かったが、芽生えた信頼を失うことのほうが、ずっと怖かったのだ。
だから、答えは告げなかった。
いや、告げれなかったのだ…。
『君にしている事の理由は、私なりの贖罪のつもりなのだ』なんて…。
そうあの時はまだ、伝えれなかった。
侮蔑と、蔑みの瞳で、彼に見られる事が、どうしても嫌だったから。
可笑しなことだ…、多くの人たちに、どんな視線で見られようとも、甘んじて受けてきた自分が、
ただ一人の子供からの嘲笑に耐えれないなどと…。
「Ave Marea」
そう小さく呟く。
『天使祝詞』 を彼に捧げよう。
神など信じなくなって久しい自分が、見えない何かを信じられるようになったのは、
たった一人の子供の生き様だったのだから。
信じもしない神に祈りを捧げるのなら、自分は信じれるたった一人の少年に、全身全霊で祈りを贈ろう。
罪深き、愚かな自分さえ癒し許してくれる、
たった一人の存在に…。
~Fuge 《 フーガ 》~
「なぁ、またアイツに逢いに行くのカ?」
ここ暫く、やたらと纏わり付いてくる相手が、部屋にノコノコと入って来ては、
先ほどからしつこく聞いてくる。
「逢いにって…、報告だよ、報告」
言葉にやや不自由がある彼は、時たま妙な単語を使っては、エドワードを驚かせたり、
困らせたりする相手だ。
何度も、着いて来るなと追い払うのにもめげずに、気が付けばふらりと現われては、
エドワードとアルフォンスに付き纏っているのだ。
しつこさには辟易するのだが、彼の従者たちの色々な特技には、かなり助かっている事もあって、
そうそう邪険にも扱い辛くなってもいる。
「それにしてワ、エド、いつも嬉しそうだゾ」
糸目を更に眇めて聞いてくるセリフは、エドワードを酷く慌てさせる。
「嬉しそうって!! …それは当たり前だろ。 俺とアルフォンスは、あいつが悲願を果す事を
目標にしてるんだから、成果を持っていけるのが、嬉しくないわけないじゃないか」
そう毎回説明をしても、物分りが悪いのか、素直に納得する様子を見せた事が無い。
「ふ~ん…。 なら、オレもいく」
毎回聞く言葉に、エドワードは脱力する。
「あのなぁ…。 いつも言ってるだろ? 目立たないから秘密裏に行動できるんだよ!
お前みたいに目立つ奴や、従者がうろちょろしてれば、目立つに決まってんだろ!
だから、駄目」
リンは異国丸出しの風貌をしている。 いくら隠密行動に長けている従者たちが付いているとは言え、
どこで見咎められるか判ったものではない。
「それをいうなラ。 エドワードも相当なものだゾ?」
しつこさでは、エドワードも負けそうな相手だ。
「俺は変装してるから、構わないの! 素性がばれなきゃーいいんだから」
「そうカ? でも、エドワードは綺麗だから、変装しても目立つゾ?」
その言葉には、疲れが倍増させられる気がする。
「男に綺麗は、おかしいって教えただろ? それに俺は別に、綺麗じゃない」
言い切ったエドワードに、リンが肩を竦めて首を振って見せる仕草が、どうにも癪に障るのだが、
相手をしていれば延々と続けられる事は、経験から判っているので、とっとと追い出す方向にする。
「ほら、さっさと自分の部屋に戻れよ。 おれも、明日早いんだから、すぐ寝るんだからな」
背中を押すようにして、部屋から追い出そうとすると、散歩を嫌がる犬の様に、ずるずると押されたままだ。
「いいじゃないカ。 オレも一緒に、寝てやるゾ」
「御免被る!」
そう告げて、漸く追い出した相手を確認する事無く、扉を閉めてしまう。
「エド~」
情け無い声が、扉の外から聞こえてくるが、エドワードは取り合わずに、さっさと入浴を済ませて、
寝ようと決めた。
飄々としているようで、抜け目のない相手だ。
シン国の皇太子と名乗る割には、ふらふらと他国を漫遊していて、大丈夫なのだろうか、その国は。
人の国ながら、思わず不安を浮かべてしまうが、エドワードが心配して、どうなるわけでもない。
それよりも…と、目の前に映る自分の顔を見る。
明るめの茶色の髪にも、大分と慣れてきた。
この髪の色だと、アルフォンスとの類似点が強調されて見られるような気がする。
『明日は、元に戻さないとな』
短かった髪も、随分と伸びてきていた。
軍に残ると告げてから最初の旅立ちのとき、ロイは一つだけ願いを口にした。
目立つと困るからと送迎を断り、皆が口々に別れの言葉を告げている中、トランクを持ち上げて
先に部屋を出たエドワードを追うように、ロイが付いてくる。
「別に、玄関まで送ってくれなくてもいいって。 部屋に戻ってろよ」
廊下でそう告げたエドワードに、ロイはついっと手を伸ばしてきたかと思うと、
短くなった髪を惜しむように、掬い上げてきた。
「なっ、なんだよ、一体?」
動揺して慌てるエドワードを他所に、ロイは至極真面目な顔で、エドワードに話しかけてくる。
「一つお願いが有るんだが、君のその髪を伸ばしてくれないか?」
「髪~?」
驚きで瞠られた目の前では、冗談には思えない真剣な相手がいる。
「ああ。 君は確か、以前髪を伸ばしていたのは、悲願を叶える願掛けだと言っていただろ?
だから今度は、私の為にその髪を伸ばしてくれないか?」
ロイの最後の言葉に、不覚にも動揺してしまう。
別にそんなつもりで言ったのではないだろうが、妙に意味深なセリフに聞こえてしまうのは、
相手がタラシで名うての男だからか…。
「…俺の髪なんかより、中尉とかに伸ばして貰う方が、似合うだろ」
声が憮然としてしまうのは、動揺を知られない為だ。
「どうして? 君も凄く似合っていたが?
それに、願いを叶えた君の髪なら、ご利益も期待できるだろ?」
さらりと真顔でそんな事が言えるのは、この男くらいだろう。
「期待通りにならなくても、知らないぞ…」
勝手にしとばかりに告げると、ロイは嬉しそうに微笑む。
「では、約束だ。
私の願いが、叶いますように」
そう告げたかと思うと、掬い上げていた髪の一房に、口付けを落とす。
「ばっ!! 馬鹿野郎~! 何恥ずかしいことするんだよ!!」
「あははは、誓いだよ、誓い」
首まで真っ赤にして、怒るエドワードを流して、ロイが背中を押す。
「さぁ、行っておいで、無理しすぎるんじゃないぞ」
その言葉に、怒鳴っていた言葉も止まる。
「うん…あんたも、頑張れよ…」
「ああ、こちらは任せたまえ」
そうして旅立ってから数度、報告を渡す度に、ロイとは会っている。
会うたびにロイは、伸びていくエドワードの髪を嬉しそうに見つめ、決まりごとのように誓いをしては、
エドワードを怒らせていく。
それでも、ロイの願いを断ち切らないのは、少々相手に甘過ぎるかも知れない。
最近では、元の君の髪に誓いたいと、ごねる相手の為に、わざわざ練成を解いては色を戻し、また練成する有様だ。
それでも、真摯な祈りを捧げるロイを拒めない自分がいる。
吐息が頬をくすぐるように近づけられると、色事では無いと判ってはいても、エドワードの心拍数は跳ね上がる。
「私の願いが叶いますように…」
そう耳元で囁かれる声が、どうにも心臓に悪い。
1度の誓いは、回数毎に数を増やしていく。
いい加減にしろと怒鳴ると、祈りは多いほど良いのだと言い返されて、止める事も出来ないままだ。
愛しむように触れられ、慰撫するように動かされるロイの手に、
戸惑いよりも、困惑よりも、喜びが増すのは何故なのだろう…。
そこまで考えて、エドワードはフルリと頭を振って、考えを追い払う。
自分たちは、忙しい身の上だ。 わけもわからぬ感情に振り回されている場合ではないのだ。
やるべき事は山積みなのだから、余計な事に気を逸らすべきではない。
そう思い直すと、蒸気で曇るバスルームへと入っていく。
先ほどまで、エドワードの顔を映していた鏡が、まるで涙の跡のような雫を伝わせて、落ちていく。
***
「拙い、時間ギリギリ! 間に合うか…」
行きがけまでしつこく食い下がるリンをやり過ごすのに、結構時間を取られたのだ。
いつもなら、アルフォンスが往なしてくれるのだが、今回に限って、別件で居ない所為で、
手を煩わされまくっている。
どちらも忙しい中、日程をやり繰りしての報告は、時間のロスが大きく響く。
急遽な予定で無理になった場合や、ある程度待って、時間が押したときは、
一定の時間が指定から過ぎた段階でお流れになるように決めてあった。
指定の時刻に間に合う筈の列車に乗り損ねると、乗り継ぎ待ちに引っ掛かったりと、
時刻はどんどんと過ぎていく。
待ち合わせの街の駅に、列車が着いたのは、指定時刻より大幅に遅れてのことだった。
「…もう、無理だよな…」
別段、今日は逢えなくとも日延べをすれば良いことなのだ。
二度と逢えないわけでもないのに、エドワードの気持ちは重く塞がっていく。
それでも、待ち合わせの場所に足を運ぶのは、勿論確認の為でもあるが、
多分に心残りの気持ちに引かれてるせいだろう。
重い足を無意識に動かして、エドワードは目的の箇所へと歩いていく。
裏通りとは言え、駅に近い立地のせいか、程ほどに混み合っているホテルのロビーには、人影が絶えない。
キョロキョロと周囲に視線を巡らせていると、自分に小さく手の平を振っている人物が映る。
「大佐…、待っててくれたんだ…」
思わず歩みを止めて、安堵の吐息を吐き出した。
ホッとして気が緩んだせいか、行きがけの間中苛々していた神経が、昂ぶりの解けた反動なのか、
目頭を熱くさせる。
「どうしたんだい? 何か困ったことでも?」
立ち止まり瞼を押さえているエドワードの様子を、怪訝に思ったロイが足早で近づいてきては、
心配そうに窺ってくる。
「ん…、別に何でもない。 ちょっと、焦って来たから、疲れただけなんだ」
小さく頭を振って、そう答えるエドワードの様子は、確かにいつもの元気さがないような気がする。
「そうか…。 無理をし過ぎてるんじゃないのかい?」
「別にあんたほどじゃないよ。 でも、遅くなってごめん。
大分、待っただろ?」
「いや…、それ程でもないさ。 けど、君が送れるのも、珍しいな?」
場所を移そうかと、誘導するロイの後に付いて行く。
「うん、リンの奴が、付いてくって煩くてさ。 いつもなら、引き止めてくれるアルも、
今一緒に居ないから、食い下がるあいつを追い払うのも一苦労だよ、ったく」
参ったという心情そのものの言葉で語ると、ロイの表情が微妙に曇る。
「ああ、彼…ね」
妙に含みあるトーンに、エドワードは不思議そうにロイの顔を見上げる。
そこには、先ほどまでの表情と打って変わって、険のある雰囲気が浮かんでいて、
エドワードは思わず困惑してしまう。
自分は何か拙いことでも言っただろうか?
彼の機嫌を損ねるような?
そんなエドワードの表情から察したのか、ロイは苦笑を浮かべながら、軽く首を振り
、何でもないと言う風に示してくると、会った時と変わらぬ笑みをみせてくれた事で、ほっと安堵する。
その後は、集めた証拠や、情報の資料を基に報告を進め、朝の便で帰るエドワードに、
ロイは一足先に戻る事を告げる。
「ゆっくり話したい事もあったんだが、明日の朝までに纏めないといけない案件が持ち上がってね。
今から司令部に戻るとするよ」
苦笑交じりの言葉に、エドワードも、頑張れと声をかけるくらいしか出来ない。
「じゃあ、誓いを懸けさせて貰っても、構わないかな?」
さらりと髪に触れながら、ロイが伺いを立ててくる。
「ん…、まぁ、いいけどさ…」
本当にご利益があるのかは疑問では有るが、これまでは順調に進んでいるのだ。
変に止め立てしない方が、良いのかもしれない。
エドワードは手の平を打ち合わせると、自分の髪に触れる。
暗くなりかけている室内を、パァーと明るい光が広がったかと思うと、その輝きに負けないエドワードの彩が顕われる。
その時に浮かべるロイの表情は、毎回エドワードの心臓をコトリと鳴らさせるのだ。
「やはり君の髪には、この色の方が似合うね」
ふふふと嬉しそうに微笑むと、撫でるように髪に触れてくる。
「べっつに、対して変わんないよ、どの色でも」
照れ隠しのように告げた言葉に、少しだけ困ったような表情を浮かべて、エドワードを見つめてくる。
「そんなことはない。 君に相応しい彩だとも」
そう言いながら、元に戻った髪と、エドワードを照らし合わす様に、ロイが頬に手を滑らせてくる。
いつもと違うそんなロイの行動に、エドワードは慌てて話しかける。
「た、大佐? ち、誓いは?」
エドワードの言葉で、思い出したようにロイの手が止まる。
「ああ…、そうだった…な」
そうぼんやりとした口調で呟くと、いつものようにエドワードの髪を一房掬い上げる。
「私の願いが、叶いますように…」
そう呟きながら、寄せられる身体。
相手の体温どころか、心音まで届いて来そうな錯覚に陥りそうになる。
1度目の誓いは、髪の毛先に。
2度目は、もう少し上に落とされる。
そして、3度目は生え際に近い耳の後ろに、耳たぶを掠るようにして、口付けを落とされ、
くすぐったさにエドワードの肩が跳ね上がる。
「大佐、くすぐったいって!」
身を捩って抗議するエドワードに、ロイは名残惜しそうに髪から指を離す。
「さて、誓いも終わったから、私はそろそろ出るとしよう」
そう告げられて、途端に襲う孤独感は、どうにも慣れる事が出来ない。
「ん…、そっか…。 元気で頑張れよ」
自分の感情に蓋をして、エドワードは精一杯の笑顔を浮かべながら、ロイに別れの言葉を返す。
「ああ、君も、あんまり無理し過ぎないように」
そう告げて、出て行こうと部屋を横切っていくのを、エドワードは元の位置から動かずに、見送る。
キィーと寂しげな音が部屋を啼かせ、外の光が徐々に広がっていく。
そして、その先の光の中へと吸い込まれて、ロイは出ていくのだ。
が…、部屋に広がる光は、中途半端に差し込んで、室内の薄暗と同化してしまったままだ。
「大佐?」
扉に手をかけたまま、動かなくなった相手に、エドワードは不安を浮かべて、近づいていく。
さして、広い部屋でも無いから、十歩も歩けば相手の後ろに近づける。
「どうした? 何か居るのか、外に?」
背後からでは、ロイの背中が邪魔をして、通路まで見渡せない。
小声で訊ねてみれば、拍子抜けするようなロイの言葉が届いてくる。
「いや、次はいつ頃になりそうかと思ってね」
「へっ? ああ…、報告が?」
呆気に取られながらも、相手の言葉に返事を返す。
「いつも慌しいだろ? 予め時期が決まってれば、予定も立てやすいかと思ってね」
正論だが、今更な事でもある。
ロイの質問の意図が、どこを指しているのかは解らないが、一応今後の予定をさらってみる。
「そうだな…、今日の引き続きなら、そう間を空けないで、結果を渡せると思う。
新しい報告なら、まだ手を付けて無いから、何とも言えない…けど」
困惑しながら、取りあえずの予定を告げると、ロイも暫く考える素振りを見せて、希望を伝えてくる。
「じゃあ、先に今の結果が纏まったら、会うことにして貰らおうか」
そのロイの希望に、別段不満はなかったので、エドワードも「判った」と了承を返す。
「いつ頃になりそうかな?」
繰り返しの質問に、エドワードは頭で日数を換算する。
「そうだな…、2週間もあれば段取りを付け終わってると思うけど…」
「そうか…、ならその頃に。 私も少しは時間の余裕が持てるようにするから、たまには食事でもしに行こう」
そこまで話して、漸く笑顔を向けてきた。
「ん…、判った」
そんなロイの妙な様子に気圧されたように、エドワードも頷き返した。
その後は、列車の時間に間に合わないと、走り去っていくロイを、エドワードは茫然と見送った。
そして、今の遣り取りを思い起こすと、室内が薄暗いままな事を、感謝するべき紅さに顔を染める。
「何だよ、大佐の奴…。 まるで、デートに誘ってるみたいにさ…」
なかなか引かない頬の熱を、ぼやく事で流そうと試みる。
昔より理解できたと思っていたが、まだまだ解らない事ばかりだ。
それでも不思議な程、そんな不可解な相手の言動を、嫌がってない自分に気が付いて、驚くのだった。
相手の知らない面に、戸惑ったり、面食らったり、ドキドキさせられ通しで、
精神的にも悪いだろうと思うのに、それでも、相手のそんな一部分に触れれる機会を嬉しいと思っている。
窓から覗く眼下には、既にロイの姿は見えなくなっているが、代わりに目に飛び込んできたのは、
窓の硝子に映る、嬉しそうな自分の微笑みだった。
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